さすがにドキドキしたよね。
渋谷公会堂だったと思うんだ。
二郎さんの出番の時、一番よく見える場所を探し回って
結局、3階のステージ上手横にある照明室に入り込んだ。
誰もいない小さな部屋にはステージを照らす照明スポットが
2本とパイプ椅子がひとつあるだけ。
中は真っ暗なので多少顔を出しても客席からは見えない。
「おい、伝助。杉田二郎が目の前で唄ってるよ。見えるか。」
「唄うところを初めて見たけど、かっこいいなぁ。」
僕はぶつぶつと伝助に話しかけながら口ずさんでいた。
あの時は本当に伝助と一緒に見ている様な気がしてた。
いや、どうしても居て欲しかった。あの場所に。
一方的な「ナマ・二郎さん」との初対面はこんな感じだった。
彼のノートには、ジローズやシューベルツの歌が
いっぱい鉛筆で書かれていたっけ。
隣のクラスで、遊び仲間ではなかった伝助が
ある日突然私の家に来て、学園祭で唄う私を見たと言いながら
「ハモってくれよ」とそのノートを私に見せてくれた。
その日から伝助の持って来たレコードを聴きそして唄う。
ふたりは「ジローズ三昧」の放課後を送る事になる。
渋谷公会堂の真っ暗な照明室で
知っていた曲は、伝助と一緒に大きな声でハモった。
私はすでにデビューしていて「白い冬」もラジオから流れていたが
その時は高校生の音楽少年のままだった気がする。
二郎さんと話をしたこともないのに、
彼に二郎さんを紹介した様で、なんだか嬉しかった。
勇気を出して二郎さんの楽屋をノックした時には
さすがにドキドキしたよね。
「渋公」の日じゃないよ。
その後、二度、三度会うようになってからのことさ。
私は案外シャイだし。
相手は「ライオン丸」と異名を持つお方ですから。