皆さんもコロナの収束を
願いながら、日々を
送っているのでしょうか?
僕の方はというと
コンサートをワクワクしながら
なかなか組めない状態ですねぇ。
2月、3月は様子見ですかね。
「4月になれば・・」な心境です。
なかなか人とも会えないので
これは伝聞なのですが、
「Nature2022」が音楽関係者
からも好評だと聞いて、
あらためて昨日「動画」を
松尾君から送ってもらって
ワインを飲みながら楽しんでます。
有り難いことに
「今年のNatureが一番よかったよ」と
言われる事がしばしばあるのですが、
僕にはなんのプレッシャーも無くて
ただ楽しみながら色んなアイデアを
粘土細工のようにこねているうちに
「これはいいね」という構成に
たどり着くんです。
内緒ですが、この作業中には、
僕とスタッフ以外の何者かが
絶対にいます。僕はミューズだと
確信していますがね。
そのミューズ様「Nature2022」は
仕事し過ぎでしょ。
構成、音響、照明、メンバー様、
関わったスタッフ様、そして
ぼくらを支えてくれた客席と配信で
見守りそして楽しんで下さいました
生きているミューズ様達。
段取りが、演奏が完璧だったと
言っているのじゃ無い。
「その場所その時間が愛おしい」
1週間以上も過ぎたLive映像を
見ていて今更にそう思える。
こりゃ、来年の日本青年館が大いに
プレッシャーだわ。
ワクワクしながらそう思う。
そんな中、数日前に見つけたのが
この賞状だ。
日付をみると「昭和48年2月17日」
フキのデビューが昭和49年9月21日。
今から50年前に成らんとしている。
ヤマハの「ライトミュージック」の
1回目の札幌大会の時の賞状ですねぇ。
もう古すぎて時間軸が曖昧なのだが、
確か、札幌放送のフォーク音楽祭という
コンテストで「夕暮れの街」を唄い、
全国大会への出場切符を手にした直後で
その勢いでポプコンにも出ちゃおうと
なったんだと記憶している。
今度は「帰り道」やろうかという山木先輩の
提案があった。自分の曲で全国大会が
決まったのでここはツボの曲でという、
先輩の思いやりではなかったろうか。
正直僕は、自分がメインボーカルなんだから
どの曲でもいいと思っていたが、先輩の
気持ちはうれしかった。
けれど、僕がフォークソングクラブに
入部して初めて作詞作曲した曲だったから、
「ホントにこれでいいのかな・・・。」
という気持ちがあったので、なおさら
この賞状は「大切な想い出」として
段ボールの隅っこにそっと
しまい込んでいたんだね。
この昭和48年の賞状と「Nature2021」の
間に続く50年に垂んとする僕の一本道。
妹尾武さんの言葉を拝借しましょう。
「出逢いに感謝!」