中野サンプラザが7月2日に閉館した。
昭和48年6月に開館して以来、
50年という歴史に緞帳を下ろした。
サンプラは私とほぼ同期だったのだよ。
思えば僕にもたくさんの思い出がある。
初めてサンプラで唄ったのがいつだったのかは
ハッキリとは憶えていないが、その日僕を乗せた車が
中野駅の架線下をくぐり抜けると突然
青空を割るようにそびえ立つ憧れのサンプラの
勇姿が忽然と現れた。目の当たりにして
「すごいなぁ、ここで唄うのかぁ、すごいじゃん!」と
車窓に顔を押しつけながら車が楽屋口に到着するまで
圧倒されたまんま見上げていた事を思い出す。
一度だけ前乗りと言うことでコンサートの前日に
サンプラのホテルに宿泊したことがあった。
なんかスターさんになったような気分だったけれど
身の丈に合わない違和感があったが、
ちょっと喜しかった。
デビュー40周年もサンプラでさせていただいた。
それこそ「ソロツボ」には身の丈が合わないのだが、
サンプラが当たり前だった時代からずっと応援
してくれているみんなに、もう一度だけでも
サンプラの赤いシートに座って僕の歌を聴いて
もらいたい。そんな気持ちを受け止めてくれた
スタッフと一緒に中野サンプラザの舞台に立ったのが
僕のサンプラ最後のオンステージでありました。
あの日のことも集まってくれたみなさんのお陰ですね。
50年の音楽生活の大きな節目のひとつです。
新宿厚生年金会館も旧・日本青年館も
九段会館も静かに消えてゆきました。
さて・・・
僕の50周年記念コンサートはいったい何処で?
それはお楽しみでありんす。
遠くから雨音に紛れて接近してくる
野生で不穏な神鳴の重低音は
簡単に窓ガラスを抜けて室内の僕の胃さえも
不快に振動させてくる。
神鳴だって幽霊だっていつか大人になれば怖くなくなる。
そんな風に信じていたぼくの誤算。
そんな東京の深夜の雨。