7世紀後半、山岳修験道の祖「 役の小角」が
この山に弁天様を祀ったことが
始まりとされてます。
もともと修験道の修行場の中でも聖地と
なっていた場所だそうです。
その後壬申の乱で勝利を収めた天武天皇が
戦争祈願のためにここに社殿を作ったのが
「お社」の最初だそうです。
空海も来たことがあるそうです。
「天の安河の宮」と呼ばれていたのが
「 天河神社、天川村」の名前の由来です。
弁天様は 芸能、芸術の神様ということで
多くの芸能人や ミュージシャンがここに訪れている。
庄野真代さんは 今回で5回目と言っていた。
天河には3人の神様が祀られていて
真ん中に「弁天様」そして
右に「和歌山の熊野の権現」、
左には「奈良の吉野権現」だ。
「権現様」っていうのは、もともと仏教の神様
なんだけど神道に親戚として入り込んだ感じ
と言えばいいのかな?
天河神社の「秘仏・弁財天」はこれと
同じで手が八本もある 弁天様です。
ちなみにこの写真は江ノ島の弁天様です。
弁天様も日本の神様ではなくもともとは
インドのヒンドゥー教の女神様です