この街の大学でフォークソング研究会に入部
先輩と出会ってふきのとうを結成。
プロになるつもりは毛頭なかったが僕が
週に1度唄っていたライブハウスにやって来た
東京の音楽関係者に声をかけられ、
(エレックレコード時代の海援隊のマネージャー)
それがきっかけで東京に出て行き、
デビューすることになる。
しかも 大学に休学届を提出し、いずれかの
タイミングで北海道に戻るつもりでいた。
東京で暮らし始めて53年。
人生なんてわからないものだね。
蒔いた種の数だけ刈り取れるはずもないのだが
こうして唄い続けられていると言うことが
僕にとってのHARVEST。
そして この街札幌ここがその原点だ。