日本古代史の英雄「ヤマトタケル」の子供である
第14代 仲哀天皇は父の意志を継ぎ
日本統一のためにとにかく全国走り回ってた。
ほとんど都でのんびりしてることのない天皇だ。
ある日遠征先で部下から「九州の熊襲(くまそ)が
反乱を起こしている」との連絡が入る。
「親父が平定したはずの熊襲のやつらめ 性懲りもなく」
ということで急遽、和歌山から 九州に向かった。
途中で福井に行っていた奥さんの神功皇后(第4殿)に
「 下関あたりで合流して一緒に九州で戦おう」と連絡する。
合流した神功皇后と 仲哀天皇は下関で6年くらい
結構準備万端な 年月を費やし、ついに福岡に 上陸した。
ここらあたりでちょっと神様のお告げを聞こうとなり、
神功皇后のからだを使って神様を下ろした。(巫女さん?)
その時、旦那の仲哀天皇は琴をひいていた。(BGM?)
神功皇后の告げる神の言葉を通訳したのは参謀の
武内宿禰(第3殿)つまり審神者(さにわ)の役どころ。
神はこう言った。「熊襲よりも海の向こうにある
金銀財宝の国(新羅)を目指せ」と。
仲哀天皇は「嘘だ」と疑い,神の言葉を信じなかった。
そして琴を弾くのをやめたところ、神は
「この天下はお前が統治する所ではない。」
神の怒りに触れたのか、その場で天皇は急死した。
びっくりしている竹内宿禰に「我は住吉大神(第1殿)である、
「この国は皇后の胎内にいる御子が統治すべきである」
と告げる。これにより仲哀天皇の後継者は 神功皇后の
お腹の中にいる 「ほむたわけのみこと」
後の応神天皇が15代天皇と決定。
住吉大神のお告げを守って臨月にもかかわらず
三韓出兵した 神功皇后は 新羅に大勝利。
他の二国も 芋づる式に降伏したと日本書紀に書いてある。
(もちろん韓国はそんな事実は無いと言っている)
意気揚々と赤ちゃんの応神天皇を抱き抱えて
竹内宿禰とともに大和に戻り、天皇候補の
応神の兄さん達を次々と成敗して、
応神天皇時代を盤石なものとしましたとさ。
もう一つ面白いのは、住吉大神と神功皇后は
ある夜夫婦の契りを結んだと言う説もある。
となれば
応神天皇は住吉大神の子と言うことになる。
現場にいたのが仲哀天皇と神功皇后と
武内宿禰の3人だとすれば、 武内宿禰と住吉大神が
同一人物だと言う説も生まれてくるらしい。
昔の日本の紙幣に武内宿禰の肖像が
あったのを思い出す。 日本の歴史の中で
かなり重要な役割を担っていたと想像できる。
彼は350年生きたとされている謎の人物で
神功皇后と応神天皇のフィクサーである。
歴史書は時の権力者の都合の良い様に
上手に書き換えられていると聞く。
僕たちが学校で習っていない古代の
日本の歴史があるのかもしれない。
住吉神社に祀られている神々は
実にエキサイティングなのだ。
ちなみに 住吉大神のお父さんは伊邪那岐命で
黄泉の国から 化け物になった奥さんの
イザナミから逃げ戻り、汚れを落とす禊をした際に、
住吉大神が海中から誕生したと『古事記』や
『日本書紀』に書いてます。
仲哀天皇・・・ なんか悲しい名前だよね。
愛する奥さんと信じてた腹心の部下に
裏切られたんかな。
PS
第5殿の 健御名方命がなぜここにいるのかが
よく分からない。
大国主の息子で国譲りの時に天孫族と戦って
破れ、落ち延びた長野で諏訪大社の祭神になった
神様だ。
神功皇后が旦那に呼び出されて下関に行った際
彼女はその時、福井にいた。
神功皇后が北陸の出身だとすれば 新潟から長野に
入ったタケミナカタとどこかでつながりがあるのかな?
妄想に付き合ってくれてありがとう。
古代史て推理小説より面白いよね。