諏訪大社の四隅に立っている「おんばしら」。
7年に1度の御柱祭で新しいものと入れ替える。
山の上から裸の男たちが巨大な御柱にまたがり
山の下へと滑り下ろして行く勇猛な姿をテレビで
見たことのある方も多いのではないだろうか。
20年に1度行われる伊勢神宮の式年遷宮に
似ていると思っていたが、こうして御柱を
見上げていると、どうやらそれとは
違うようだと思えてきた。
御柱は諏訪大社の磁場を守る結界のような気がする。
それが怨霊なのか悪霊なのかはともかく、
諏訪大社の神々に災いをもたらす何かからなのだ。
結界のもう一つの考え方は、
諏訪大社の中にいる神様をここからどこにも
出さないようにするため、つまり封じ込めるため。
「諏訪の神様」こそが怨霊なのだとする解釈。
出雲から「たけみなかた」の神がやってくる前から
ここにはすでに神様がいた。その名は「大祝」。
おおほうりは生き様だった。 それは少年だった。
代々受け継がれている最高位の神職だった。
その少年の中に本当の「諏訪の神様」が宿っていた。
「諏訪の神様」を恐れた、後にこの土地を
支配した新参入者達が、 結界を張って
「古くからの諏訪の神」を神社の中に
閉じ込めたのか、あるいは「諏訪の神様」を
侵入者達から守るためのものだったか。
それはわからないが、
門外不出の「隠された歴史」が代々世襲されて
語り継がれているのかもしれない。
代々に渡り少年「大祝」のせわをしている
なぞの一族がいる「「モリヤ」という。
その「諏訪の神」とはいったい誰だ?
正体はわからないが名前だけは知っている。
「 みしゃぐじ」と言う。
諏訪大社に本殿がないのは「 みしゃぐじ」を
その体内に宿している少年こそが
祈りの対象、つまり「本殿」だからではないのか。