ふきのとうは沖縄の人たちに
愛されていたと言う実感があった。
ソロになってからもそれは続いた。
PMエージェンシーの松田さんの応援もあって
沖縄の中心地那覇以外の街でも
それぞれの街の有志を募って実行委員会を
立ち上げてコンサートを 企画してくれた。
実行委員会の皆さんのパワーは恐ろしく
読谷村では1100人が集まった。
実行委員会の人数は100名だった。
名護、うるま市、 糸満、北谷,今帰仁,本部・・・
いろんな街で歌わせていただいた。
そのうち島にも遠征する。
伊江島、石垣、宮古、久米島。
与那国は 当時有料のコンサートはないと
まっちゃんに言われたのだが利益はいらない
からやりたいと 強引に組んでもらった。
海底遺跡が 目的だとは言えなかった。
ところが沖縄の中心地那覇には実行委員会が
ないので、 意外と苦戦していたのだった。
100人くらいから始まって徐々に200人、300人と
那覇の皆さんが 僕のコンサートに
足を運んでくれるようになった。
今日のコンサートはその那覇市の
動員数を更新した。
いろいろな要素が絡まってそして紡いで
この日のコンサートを迎えたと思う。
感謝。