こんな面白いことがあった。
僕が普通に歌っているときに
最前列右側のご婦人がすっと立ち上がって
客席最前列とステージ上の僕との間の
隙間をゆっくりと左側に歩いてゆく
ゆっくりと 僕の前を通り過ぎる。
はっ?思わず ご婦人を見る。 目が合う。
ご婦人は声を出さず口元だけが「トイレ」と
動いた。
客席の皆さんも一瞬何が起こったのかと
どよめきかけたがそこはみなさん大人
歌の世界に 集中していった。
次の曲の間奏あたりだったろうか、
例のご婦人が今度は左端から登場し
右側へとゆっくり歩いて行く
歌が終わるまで私の前を横切っては
いけないと思ったのだろうか
まさに僕の前を通り過ぎる直前
何を思ったのか立ち止まる。 は?
客席とステージの間で立ち尽くす ご婦人。
ご婦人の友人とおぼしき1番前の席の女性が
身を乗り出しながら早くこっちに来るようにと
力強く 彼女に手招きをしていた。
それに気がついたご婦人は私に軽く
会釈をした後またゆっくりと歩き始めた。
彼女が僕の前を通り過ぎようとした時
思わず「おかえりなさい」と言った。
そして僕は何もなかったように
2番を唄い始めた。
冷静に唄いながらもしばらくは
何が起こっているのかわからなかった。