ペチカ
駅前旅館で暮らしていた少年時代は
「6時のサイレン」の様な風景の中で暮らしていた。
メインの大通り以外はすべて砂利道で転ぶと膝小僧に出来る
切り傷が絶えることはなかった。
僕と弟、ふたりのいとこの4人組は毎日、
豆や穀物の入った麻袋がうず高く積まれた駅の倉庫や、
煉瓦や土管をゆっくり乾燥させていた土管工場、
ニワトリを大量に吊して処理していた農協の裏など
いろんな場所のすべてがぼくらの遊び場だった。
旅館の裏にクリーム色の壁の洋風な家があった。
そこには子供心にも顔立ちのいい年上の兄妹が住んでいた。
お兄ちゃんは僕らが遊びに行くと椅子を逆にして腰掛けて
僕らを見下ろしながらなぜか「物語」を聞かせてくれた。
それが「イソップ」なのか「グリム」だったかは憶えていない。
お兄ちゃんの作り話だったかも知れない。
物語の内容よりもその雰囲気に惹かれたのだろうか
僕はひとりでも「お兄ちゃんち」に遊びに行った。
お父さんとお母さんの記憶は無い。
兄妹ふたりだけでこの家に暮らしている気がしていた。
物語を聴きながら部屋のぐるりを見渡して見ると
ぼくが暮らしている日本式旅館にはないものを見つけた。
それは、見た事も無い「煉瓦造りの大きな壁」だった。
部屋の一面を形成する煉瓦色の壁はリビングとキッチンを仕切る
巨大なパーティションの様だった。
そっと触れると、まあるく優しいぬくもりが伝わって来た。
それが「ペチカ」だと知ったのはそれからずっとあとのこと。
幼稚園に入学する前に沼田から留萌に引っ越してからは
一度もあの兄妹には逢っていない。
お兄ちゃんの語ってくれた「物語」と煉瓦に蓄えられた
まあるいぬくもりは遠い記憶のギャラリーに飾られた「一枚の絵」
君だけを暖めるレンガ色のペチカ・・・
PS
「15の短編集」の発送が始まった様です。
予約してくれたみなさん、もう少し待っていて下さいね。
みなさんに聴いて貰うのが楽しみです。
寒い日が続いてるので「15の短編集」のラスト曲
「セクシー」を「MoonMovie」にのせておきます。